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2006年4月28日 (金)

銀行ひと騒動

私の実家があるところは、
非常にのんびりした場所であるなぁと今日は思いました。

今日は午前中、
母の高額医療の申請と介護保険手続き、
介護ベッドの申請、
銀行にて母の口座から入院費用の引き出し、
ドラッグストアで買い物、
そしてじいちゃんのケアマネージャーさんとの打ち合わせ
を済ませようと計画していました。

役場で順調に申請などをして、
さて、と銀行へ行ってATMで引き出そうと思ったら、
キャッシュカードがガツッガツッとなって入りません。

あれれ?と思い窓口へ行くと
ツバメがバサッバサッと天井を回遊していました。
おぉ~と思いつつまわりを見ると、
まったく気にしていない客と銀行員たち。
それもびっくり。

そして、窓口へ出すと、
フレッシュな男性銀行員が出てきて、
一緒にATMに並んでカードを入れてくれたけれど、
やっぱりガツッガツッとなって入りません。

フレッシュくんは、「すいません」といい、
奥から入社5年めぐらいの男性銀行員が出てきました。
5年め風の彼は、母のカードをさすりさすりしつつ、
一緒にATMに並んでカードを入れてくれたけれど、
やっぱりガツッガツッとなって入りません。

「母の口座なので、母のハンコがないのです」
と事情を説明すると、
5年めくんは「お待ちください」といって、
奥へ行きました。

奥で5年めくんがいぶし銀というたたずまいの
年配の銀行員に相談しています。
いぶし銀さんは母のカードを
斜めにして見たり、磁気の部分をさすったり、
両端を手でくにくにと押したりしているようです。
嫌な予感がしました。
二人の頭上をツバメがバサッバサッと回遊しています。

そしてとうとういぶし銀さんが登場しました。
いぶし銀さんは「失礼します」といって、
一緒にATMに並んでカードを入れてくれたけれど、
案の定ガツッガツッとなって入りません。
「見た目では普通のカードと変わらないんですけどねぇ」と、
いぶかしがるいぶし銀さん。
「あの。母のハンコをなんとか探してみて、また伺います」と私。

なんだかのんびりしたなぁと思い、家に帰りました。

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2006年4月27日 (木)

心配したけれど・・・

先日ケアマネージャーさんから電話がありました。
どうやらじいちゃんから
「今日は体調が悪いからヘルパーさんは来なくていいです」
という電話があったそうです。
体調が悪いときこそ、ヘルパーさんの出番じゃないか・・じいちゃん。
というわけで、ヘルパーさんがおかゆなどを作ってくれたそうです。

先日看護師さんからも電話がありました。
母の診断結果を主治医の先生が今度説明してくれるというお話と、
どうやら母が異様によく眠るらしく、
ごはんを食べながらも寝てしまうそうです。

心配しながら、病院と実家に帰ってみると、
二人ともいたって元気そうでした。
うれしいやら、拍子抜けするやら。

じいちゃんは明日花見があるそうです。
母は先生がハンサムだと喜んでいます。

しかし母は尿を出す管をつけて、最近はベッド上での生活。
サイバーナイフのおかげもあって、
ふらつきはだいぶとれているので、
あとは筋力を回復させるばかり。
GW中は少しずつ歩く練習をしてみようと思いました。

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2006年4月26日 (水)

フクの気持ち

母はよくフクの話をします。
「退院して会ったら、誰だこれ~?ってびっくりするだろ~な~。
ハゲちゃったし~。」
といいつつも、気持ちの中では忠犬ハチ公のように
待っていてほしい、と思っているようです。

最初のころは、私と相方が家に帰ってくると、
明らかに“もう一人”を待っている様子だったフク。

最近はあったかくなったせいもあり、
毎日のんびりと日あたりのいい場所に座って、
道行く村人をみたり、車をみたり、
たまに救急車に吠えたりしています。
道路をじっと見つめるフクのその姿は
たまに母を待っているようにも見えます。

しかし
ほわわ~とあくびをして、
まったりとした一日を過ごし、
エサをがつがつとたいらげるフクは、
いつものフクのようにも見えます。

母とフクのご対面が楽しみです。

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2006年4月23日 (日)

ヘルパーさんが来た!

久々に実家に帰ってくると、
フクがワンワンではなく、
ギャフンギャフンと興奮した鳴き声で出迎えてくれました。
フクのまわりには、食い散らかしたそうめんの乾麺が…
フク、おまえってやつは…

家に入ると、なにやらとってもにぎやか。
今日は、じいちゃんのヘルパーさんが来る日でした。
たまたま今日は二人のヘルパーさんが来ていて、
1人が1時間、もう1人が30分担当していました。

じいちゃんはなぜか洒落たニット帽をかぶり、
そわそわとヘルパーさんのまわりを歩きながら、
煮物の味付けはどうするんだい?などと
うれしそうに話していたのです。

それまでじいちゃんは、
介護という言葉に対して受け入れるのに時間がかかる感じでした。
しかし、ヘルパーさんが農協から派遣されているので、
そんなこともあってか、とても身近に感じられたようです。

「農協ではとうとう米だけじゃ稼げないんだなぁ~。」と、
相変わらずのあまのじゃくぶりでうれしさを表現するじいちゃん。
生活にハリがでたようで、よかったです。

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2006年4月22日 (土)

あまのじゃくな親子とやさしいおじさん

母とじいちゃんは実の親子です。
そして二人ともそっくりのあまのじゃくです。

母は私が病室を出るときに、いつも
「お母さんを一人置いてもう帰んのかぁ?ベッドから落ちてヒクヒクしてるしかねぇな~」
と言います。

じいちゃんは、
私たちが実家から帰るときに、いつも
「じいちゃんを一人置いて帰っちまうのかぁ?水でも飲んで暮らすしかねぇな~」
と言います。

二人とも、本当は私たちが来てくれてうれしかったと言いたいのでしょうが、
いつもそんなあまのじゃくなことばかり言うのです。
ほめてほしくて看病や介護をしているわけではないけれど、
疲れているときに言われると、
あははと笑えずに、むしろがっかりします。

一方、昨日、親戚のおじさんが母を病院まで
約5時間の道のりを運転して搬送してくれました。
夕ご飯は、おじさんの分を用意しようとしていたら、
自分で納豆とごはんを混ぜて夕ご飯の支度をして、
「いいから、気を遣うな」と言ってくれました。
そして今朝、いつの間にかおじさんは帰っていて、
テーブルの上に、私と相方の分のコンビニのお弁当が置いてありました。
ここんところ大変だったので、
おじさんのやさしい気遣いが、とても心に染みいりました。

ありがとうおじさん。

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2006年4月21日 (金)

3度めの転院

脳の腫瘍の治療がひと段落し、
またまた転院することになりました。
転院先は以前、セカンドオピニオンで会った
森のフクロウ先生が院長をしている病院です。

これまでは総合病院でしたが、
今後のことを考えると呼吸器ガンの専門の病院がいいだろう、ということになり、
親戚の人たちと相談して決めました。

さて、その3度めの転院先の印象は…というと
“患者中心の医療”を掲げていて、さらにガン患者が多いためか、
非常に患者のことを考えてくれるような感じがして、いい印象を持ちました。

最初の診察では、化学療法の部長さんと知っていたので
ドキドキしたけど、非常にひょうひょうとした感じの話しやすい先生でした。
母の症状を聞いて、「即入院!」と言われるかと思いきや、
「今日は家に帰りたいなら、帰っても大丈夫ですよ。」
へっ?いいのいいの?と母とあっけにとられていると、
「でも入院して検査してるうちにちょうどGWだし、
そこで外泊するのもいいんじゃないですか?」と。
というわけで、入院に飽きていた母も、
目の前のGWがあるさ!とワクワクしながら入院する気になったようです。

母の主治医は若い先生になりました。
その先生がCTの造影剤の同意書を持ってきたのですが、
以前嘔吐したことを話すと、
「体調がよくないならやめときますか」と先生。
またもや、へっ?いいのいいの?

これまでの治療ではいろいろ副作用があると説明されても、
シロウトの家族としては「じゃあ、やりません!」とも断れず、
副作用があるけどお医者さんが言うんだしやるしかないからやるか…
という感じで同意書にサインしていました。
父の時は、同意書にサインをした手術が直接の原因かどうかはわからないけど、
その後に意識不明になったので、
サインをした家族としては、何ともいえない後悔の気持ちにさいなまれたものでした。
ここでは、母の体調をみて判断してくれたのが、とてもうれしかったです。

さらにここの病院では入院から退院まで母の担当になる
“受け持ち看護士”さんが割り当てられるそうなので、
何か伝えたいことなどもその人に相談できるというのが
とても頼もしく思いました。

どの病院もいいところもあれば、あまり良くないかなと感じるところもありますが、
ならば“いいところ”を積極的に活かして、
患者も家族も前向きに治療できるのがイチバンだなぁ~と思ったのでした。

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3日間の休息の時間

母はだいぶ入院生活に飽き飽きしているようです。
病院の食事も、たとえ母の好物がでたとしても、
プラスチックの御膳をちらっとみただけで手をつけようとはしません。
ただ、おにぎりだけを食べているようでした。

しかし、退院して相方の実家での3日間の休息で、
母はみるみる食欲を取り戻してきました。

大好きなお寿司やすき焼きやお刺身や
相方お手製の煮物を
思う存分ほおばって、かなり幸せな気持ちになったようです。

相方の母は、いろいろおしゃべりして励ましてくれたり、
足を洗ってくれたりして、
母はずいぶんと癒され、前向きな気持ちになったようです。

相方の父は、母が主人である父を亡くしていることもあって、
父と同じ年ぐらいの相方の父が身近にいてくれると思うと、
なんだか精神的な支えになるようでした。

この3日間は、久しぶりにの~んびりと日常を楽しむことができて、
母の闘病生活にとってかなり貴重な経験だったと思います。

そして一緒に笑顔で介護をしてくれた
私の大好きな相方一家!ありがとう。ありがとう。

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2006年4月18日 (火)

母の食べたいモノ

母は食い道楽です。それは病気をしても変わりません。
そしてどーしても食べたいモノが出てくると、
それが食べられるまで、または他に食べたいモノが現れるまで
言い続けます。

ちょっと前まで母が食べたがっていたのが、
“モスバーガー”
先週「モスバーガー食べたいなぁ」と言っていましたが、
お寿司を食べたばっかりだったので
高血圧の母の健康を想い、
すぐには買っていきませんでした。
すると、事あるごとにモスバーガーと言います。
あるときは、
「私はねぇ。クリーム系のお菓子が好きなんだよ。
ホラ、モスバーガーみたいに。」
「お菓子じゃないじゃん!」とつっこむ私。

この前は、キュウリとトマトを丸ごとかじりたいというので、
持っていったら、トマトをかじりながら
「お母さんは、あれ好きなんだよなぁ。
みじんぎりにした玉ねぎと、マヨネーズと、
あと薄切りのトマトとパン…」
私が???という顔をしていると、
「わかんないのぉ?モスバーガーだよ!」という具合です。
というわけで、昨日買っていったのですが、
体調が悪くて食べられなかったようです。

そして今日はモスバーガーの代わりに違うモノが食べたくなったようです。
相方が「コンビニに行きますけど、なんかいりますか?」と聞くと、
「ドラゴンフルーツ」と答える母。
えぇ~ムリムリ~。

というわけで、まるでかぐや姫のように
私たちに食べ物集めの試練を与える母。
まぁ食欲があるのは、うれしいんだけど…
しかし、ドラゴンフルーツって…

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モーツァルト療法してみる

とうとうサイバーナイフ治療が終わりました!
もう病院生活に飽きて飽きてしょうがない母を、
相方の実家に連れて一時休憩をとることにしました。

というわけで、相方の実家へ移動することになりました。
私と相方が病院から母を運んでいる間、
相方の母は介護ベッドを手配してくれました。

以前に車に5分ぐらい乗ったときに、
ケイレン作用のようなものが出て、体が動かなくなったので心配していたのですが、
今回は大丈夫でした。

借りた介護ベッドは病院のものより広めで、
電動なので使いやすく、母も気に入り、ごろんと横になりました。

インターネットか何かで、
モーツァルトを聴くと頭痛や高血圧が治ったりして、モーツァルト療法なんてのがあると知りました。
牧場で牛に聴かせるとおいしい牛肉になったり、
酒蔵で発酵中の酒に聴かせると、酒がまろやかになったりするというのは
聞いたことがあるけど、
ガン患者にも効き目があるのかなぁ~と物は試しに、
家にあった適当なモーツァルトを流してみました。

明るくてリズミカルな音楽、なかなかいい感じ。
母もリラックスしているよう。
聴き終わったので、今度は別な作曲家にしてみるけど、
なんだかちょっと暗かったり重かったりする。
やっぱりモーツァルトがいい感じ。

私も母を見守りながら聴いていたら、
いつの間にかとろ~んとして眠ってしまいました。
モーツァルト、なかなかいいですよ。

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2006年4月16日 (日)

じいちゃんとフク

今週末は私が母担当、妹は実家に帰りじいちゃん担当になりました。

午後2時ごろ、妹は実家に着くと、
なにやら異変を感じたそうです。
家中のシャッターがしまったままで、
家の中も真っ暗…朝じいちゃんが起きた形跡がないのです。
あわてた妹は、「じいちゃ~ん、じいちゃ~ん」と言いながら、
じいちゃんの部屋に入ると、もぬけのカラ。

近所のおばちゃんにたずねたところ、
「あぁ、じいちゃんは今日ゲートボール大会だぁ。
もうそろそろ帰ってくるよぉ。」と。
そういっているそばから、のこのことじいちゃんは帰ってきました。

じいちゃんの話では、
今朝8時ごろゲートボール大会に行こうと思って、
自分でおにぎりを握って勝手口に置いたまま、
さぁでかけようとシャッターをしめていたら、
フクにおにぎりをガツガツと食べられてしまったそうです。

…じいちゃん、生肉に引き続き、またフクに食べられちゃうなんて。
学習しようね。

じいちゃんとフク、1人と1匹仲良く暮らしているようで、
安心しました。

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2006年4月13日 (木)

怒る看護助手さん

さてさて、今日はどうかな~と病室に行くと、
母のベッドの側にいた看護助手さんが、
私の顔を見るなり、
「こういうものは履かせないでください。
自分でトイレにいけるのに、結局びしょびしょになっちゃうし、
せっかく着替えさせたのに、またぬれちゃうんです。」
と怒った口調でいってきました。
“こういうもの”とはロングスカートのこと。
グレー色でちょっとフリルがついてウエストがゴムになっているスカートなのですが、
前にも麻薬が服用されていた時期に、なぜかこのスカートを履きたがっていたのです。

あぁ、たぶんまだ麻薬の副作用が残っているんだ、
それで履いちゃったんだな…と思いました。
看護助手さんも麻薬の副作用だって知らないとはいえ、
そんなに怒ることないのに~

夕食後には薬が抜けてきたのか、いつもの母が帰ってきました。
すると母は、
「あの看護士さん、怒るからいやなんだ…ちゃんと座りなさいって怒ってさぁ。
前の病院では危ないからって怒られたことはあるけど、
ちゃんと座れないから怒るなんてなぁ…
(ナースコールで)呼んだらまたあの人来るのかなぁ」

あの昼間の看護助手さんかぁ~
自分の思うとおりに身体を動かすことができないから入院しているのに、
それで患者を怒るなんて、看護士としてはあるまじきことです。
母も自分の意志でパジャマを汚したり、痛がったり、変な風に服を着たりしている
わけではないのです。

夜の回診の看護士さんに相談すると、
看護士長さんがいるので、直に説明してほしいとのこと。
というわけで早速ナースステーションへ。
看護士長さんはすごくキレイで話のわかる感じの雰囲気の人。
その看護助手の名前をいうかどうか迷ったけど、
他の看護士はみんないい人だし、
よさそうな看護士長さんだったので、告げることにしました。

事情をよく聞いてくれた看護士長さんは、母のところへ行き
「ごめんねぇ。イヤな思いさせちゃって…。
どういう風に看護士さんが言ったか知る必要があるので、
今度あったらすぐに私か他の看護士さんに言ってね。大丈夫だからね。」
とゆっくりとやさしく話してくれました。

看護士長さんが去った後、
「また余計なこといって~」と言われるかと思いきや、
母はなにやらジェスチャーをしています。
母は「あ~スッとした~。」というポーズ。
言ってよかったよかったと思いました。

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2006年4月12日 (水)

そして麻薬ふたたび

今日の母はなんだか様子がおかしい。
ぐったりとベッドに横たわり、側には嘔吐の後…
吐いた後にも看護士さんを呼べず、ぐったりとしていたようです。

あれれ??と思い、
看護士さんに尋ねると、今日の明け方頭の痛みを訴えたので、
金庫にしまってあった前の病院の麻薬を痛み止めに飲んだそうです。

いたい~いたい~という母。
ホントの痛みと、麻薬によって感情がコントロールできない状態とが
重なり合っている感じです。
麻薬の名前は「オキシコンチン」。
家に帰ってさっそくネットで調べてみると、
そんなに重い副作用がでるものではないみたい。
主な副作用は、吐き気、眠気、便秘とあります。
でも、母の場合、
感情の抑制が効かなくなったり、錯乱したり、
妖怪を見たりするので、この薬は合わないんじゃないかな~と思います。

看護士さんも、「昨日とは全然違いますね」というぐらい、
変わっちゃうんです。
その薬はなるべく使用しないでください、と頼んだら、
こっちの病院の先生が別の薬を処方してくれたようなので、
まずはひと安心。

痛みと不快感に苦しみつつも、
「3つ…」という母。
「えっ?何が3つなの?」と聞く私。
「3つでいいんだ…」
「何が?」
「イモ…」
どうやら、バターをのせたふかしたてのイモが食べたいみたい。
薬とガンに負けない、母の食への探求心…。
明日は笑顔で会えるといいな、と思いつつ家に帰りました。

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韓国でサイバーナイフ!?

母のサイバーナイフ治療も順調に進んでいます。
副作用も少なく、やっつけたいガンの部分を攻撃できているようです。

今日はサイバーナイフの先生に経過を聞きにいきました。
私と相方の両親も一緒で、かなり心強い感じ。
すでに頭を9か所、首を2か所ぐらい治療したそうです。
これで腫瘍は小さくなるか、なくなるでしょう。とはっきりおっしゃる先生。
わ~よかった~

でも、次は転院して肺の原発を治療しなくてはなりません。
これはやっぱり抗ガン剤か…と思ったら、
「アメリカや韓国では肺ガンとかもサイバーナイフで治療しているんですけど、
日本では認可が下りないので首から上だけなんです。」と先生。
「えっ。参考までに韓国ではどこの病院ですか?」と詰め寄る相方の母。
「え~!?韓国ぅ!?」とびっくりの私。

う~ん、でも確かにこのサイバーナイフの威力はすごいなぁと
母もみんなも感心したし、
日本は厚労省の許可問題だけで、他の国では使っているのなら、
旅行気分で韓国に行くのもアリか…と。

しかし、特にヨン様好きでもない母が韓国の病院に行く。とは言わなそう…
とりあえず、私も相方の両親も
もしもの時は韓国があるさ!という気分でいることにしました。

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2006年4月10日 (月)

それでいいのか、我が家の家訓

「いつ死んでもいいように、腹はパンキパンキにしておけ」
これは、生前父がしょっちゅう言っていた我が家の家訓(?)です。
パンキパンキにしておくというのは、
つまりいつ何があっても大丈夫なようにお腹いっぱい食べておきなさい、
ということです。
一見「備えあれば憂いなし」を意図しているかのようですが、
ホントにお腹いっぱい食べよう!という意味です。

病室のベッドの上で、天井の煙探知機がまんじゅうに見えて、
食べたいなぁといつも言っていた父。
マヒで食べ物が飲み込めなくても、
無理矢理でも口にまんじゅうを入れちゃえばよかった…
死んじゃったらもう何も食べられないしなぁ。
という気持ちもあり、
今ガンで入院中の母には、なるべく食べたいものを食べさせるようにしています。

しかし、今の母がよく言っているのは、
「気持ち悪くなるまで、食え」です。
うーむむむ。両親ともども生活習慣病になるわけだ。

体質改善のために何か身体にいいものを…という想いもありつつも、
食べることによって幸せホルモン(?)がでるならそれもいいかと思ったり。
「おいちい~。予は満足じゃ。」と笑顔になる母に、
ついついおいしいもの与えてしまう今日このごろです。

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2006年4月 9日 (日)

フク、生肉を食らう

母の元気な様子を伝えたかったので、
今日は私の方からじいちゃんに電話をすることにしました。

私 「じいちゃん、今日はごはん何食べたの?」
じいちゃん 「まだ、食ってねぇ。今日はスーパーに行ってきたんだぁ」
私 「スーパーって…まさか車を運転したの?」
じいちゃん 「聞こえねぇなぁ。耳が遠くて」
私 「く・る・ま・を運転したの?」
じいちゃん 「はぁ、聞こえねぇんだぁ。何いってんだぁ?」
と、「私がいないときはしない」と、
以前約束していた車の運転についてはよく聞こえないじいちゃん。
事故ってないみたいだからいいんだけど。
話題を変えて母の病状を報告すると、ひとまず安心したようです。

にしても、じいちゃんの話によると、
スーパーの買い物袋を勝手口に置いたまま、
車庫のシャッターを閉めていたら、(その時点で車に乗ってるんだけど…)
なんとフクが買い物袋をあさってしまい、
生の豚肉をごっそり食べてしまったそうです。
しかも500gも!
え~~大丈夫なのー?フク~

フクは飼い主に似て食い道楽なのです。

…という今日のブログを読んだ妹は、
「そうだね。お母さんに似たんだな。」
とぽつりとつぶやきました。

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母、寿司を食らう

転院してから、サイバーナイフのおかげもあって、
病状はだいぶ良くなり、
今日ははじめて日帰りでおでかけをすることにしました。

母はず~っっっと寿司!寿司!と言っていたので、
今日は母がふんぱつして廻らないお寿司やさんにいこう!ということになりました。
病院から車で10分ぐらいの場所にあるお店へ。
しかし、いざ車を降りようとしても、
疲れからか、母はなぜか身体を思うように動かすことができません。
私と相方と妹とで、大騒ぎしながらなんとかお店に母を運び入れました。

掘りごたつ風の個室を用意してもらいましたが、
まるで糸の切れた操り人形のような状態になってしまった母は、
座ろうにもずるずるずる…と滑り落ちてしまいそうになります。
何とか身体をはって支えてみましたが、
私よりもずっと体格がいい母の重みに耐えながら、
寿司の登場を待ちました。

しかし
店員さんが寿司をテーブルに運んだ途端、
それまでぐにゃぐにゃだった母の背中がぴんっと伸びて、
特上にぎりをすっかりたいらげてしまいました。

すごい!寿司パワー。

そして、最後のデザートを食べてのんびりし、
最後に「他にご注文は?」と尋ねた店員さんに、
母は「親方おまかせにぎり」と答えたのです。

えー!特上を食べてデザートまで食べたのに、
おまかせを最初から食べるわけ?と驚いたのですが、
さすがにおまかせはやめて、
好きなネタを頼むことにした母。
イカ、マグロ、タイ、ウニを思う存分満喫し、
すっかり母は満足したようでした。

店を出るときは、店員さんも同じお客さん?と
見まごうばかりの元気全開の母。
こんなに元気になるなんて、
おでかけしてよかったな~と目に見えて感じました。

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志村けんの笑いでリラックス

行ってきました!志村けん一座旗揚げ公演「志村魂」!
すっごくすっごく面白かった~

最初の“バカ殿”の登場で、すでに涙が…(もちろんうれし泣き)。
会場全体、お客さん全員が、
志村けんが見れてうれしい!っていう雰囲気でいっぱい。
バカ殿の一挙手一投足が面白くてしょうがない。

そして、名作ショートコントシリーズ。
ひとみばぁさんから酔っぱらい、おじいさんと七変化。
志村けんさんってやっぱりすご~いい。

2幕では、藤山寛美の名作「一姫二太郎三かぼちゃ」。
テレビとかで“泣き笑い”の作品です、と志村さんが紹介していたけど、
ほんとに笑って、最後に泣きながらも笑ってしまう、そんな素晴らしい演技に感動しました。

三味線の披露(←これももちろん笑いあり)や変なおじさんまで、
もうとにかく志村けんをぎゅぎゅぎゅっと詰めこんだ舞台。
相方も私も笑いからパワーをもらいました。

看病中の息抜きって大事ですね。
疲れもなにもかもふっとびました♪

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2006年4月 7日 (金)

毎日7時に電話をするじいちゃん

母が転院して以来、実家ではじいちゃんと犬のフクを置いてけぼり状態です。

転院する前の日、
手伝いに来てくれたじいちゃんの弟おじさんと一緒に、
今後のじいちゃんについて相談をしました。
しばらく一人で暮らすことになったじいちゃんは、
「毎晩7時に電話して3回鳴らして切るからなぁ」と提案しました。
確かに、それならじいちゃんの安否が毎日確認できます。

はりきったじいちゃんは、「練習する」と言って電話の前へ、
「十、九、八、七…」となぜかカウントダウンをしてから、
受話器を持って、
“短縮”ボタン→“1”ボタン→“スタート”ボタン
を押して練習開始。
♪ピロロロロ~となる私のケータイ。
「じいちゃん鳴ったよ。OK。」
「いや、もう一回練習するぞぉ。」
“短縮”ボタン→“1”ボタン→“スタート”ボタン
♪ピロロロロ~

じいちゃんの弟おじさんは、
「あっ俺も電話する約束があったんだ」と言って、
自分のケータイで電話をかけはじめました。

“短縮”ボタン→“1”ボタン→“スタート”ボタン
♪ピロロロロ~
「もう一回だぁ。」

「ハロー、ジョープリーズ」

“短縮”ボタン→“1”ボタン→“スタート”ボタン
♪ピロロロロ~
「ちゃんと鳴ってんのかぁ~。もう一回。」

「ハーワーユー」

“短縮”ボタン→“1”ボタン→“スタート”ボタン
♪ピロロロロ~
「もう一回やってみるからなぁ。」

うちのじいちゃんが必死に短縮ボタンの使い方をマスターしている一方で、
じいちゃんの弟おじさんはアメリカの友人へ国際電話をかけていたのでした。
同じ兄弟なのに…
うちのじいちゃんガンバレ。

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「娘さんだけお話しが…」と言われること

サイバーナイフ治療も数回行い、母の病状も安定してきた頃、
看護士さんから
「あのぅ、先生の方から娘さんにだけお話しがあるそうです」と言われました。

この、「娘さんだけ話」は大抵ロクなことを言われません。
イヤダナ~と思いつつ、先生の元へ。

「サイバーナイフで危険な部分はすべて処置しました。
あといくつか残りの腫瘍を処置したいと思います。」
という内容。
なぁんだぁ~よかったよかった。
どうやら、後頭部にあった大きめの腫瘍と、
脳幹、そして首の脊髄付近の腫瘍を処置できたようです。

「背骨の上の方の腫瘍もやりますか?」と先生。
「あるものはどんどんやっちゃってください」と私。
私のセリフに、ぶっと先生はふきだしていました。

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2006年4月 6日 (木)

はじめてのサイバーナイフ

とうとうサイバーナイフの治療が始まりました。
放射線治療は体験済みとはいえ、このサイバーナイフははじめての母。
しかし治療室に呼ばれて1時間後、
笑顔で病室に帰ってきたので一安心です。

母の手には、パソコンの画面をプリントアウトした紙が。
そこには、今回治療した腫瘍の位置がわかる脳の写真と、
数百本の放射線が腫瘍を捉えている画像が写っていました。
前の病院では、放射線治療の後、
腫瘍の大きさはすぐに変わらないということで、
MRをとったものの、母には見せていませんでした。
以前母はずーっっと「あの写真は?説明は?」と前の主治医に言っていましたが、
母が納得するような説明はしてもらえませんでした。

今回は、放射線にやっつけられている腫瘍の写真まで見ることができて、
母は今の病院を信頼したようです。
ガンであると知った以上、
患者は自分の病状や状態を知る必要があるな~と思いました。
患者が納得できるように説明することも、医者の技術だと思います。

母は今の病院を信頼したとたん、
「ここの病院のトイレは広いし、手すりがあっていい」とか
「ここの病院は点滴の針を毎回刺し治すから清潔だ」と、
今の病院をほめちぎってます。

「にしても、あのセイウチ先生がな~」
幻覚症状ではなく、これはいつもの母のたとえ。
先生がセイウチに似ているそうです。

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2006年4月 5日 (水)

転院してよかった!!

母がまっくろくろすけが見えた原因がわかりました。
脳の腫瘍のせいではありません。
なんと前の病院で処方されていた薬の中に“麻薬”が入っていたそうです。
今の病院に移ってすぐ、その薬は使用中止になりました。

「麻薬は金庫に鍵をかけてしまっておきましたから」と看護士さん。
おいおいおい…そんなにやばい薬だったワケ~??
他にも前の病院では10種類ぐらい薬を母に飲ませていましたが、
今では朝2つと夜1つ。ほとんどの薬が中止になりました。
そして、母の幻覚はすっかりなおり、妖怪の世界から帰ってきました。
てっきり腫瘍のせいだと思っていたのに、
まだサイバーナイフをしていないのに、
転院して薬を飲まなくなっただけで元気になるなんて…!

前の病院では薬による幻覚症状がピークを迎えていて、
話しかけても話がぜんぜん通じない状態でした。
でも、看護士さんは「腫瘍による認識障害とストレスです」と言っていたのです。
なんてこったい!!麻薬のせいじゃない!!
もしあのまま転院していなかったら…
●麻薬の投与

●母の幻覚と行動

●脳腫瘍の認識障害とストレスなので打つ手なしと看護士&主治医

●夜中に騒ぐので値段の高い個室へ移動

●夜に出歩いたり幻覚が見えるので家族の泊まり込みを頼まれる

●妖怪の世界へようこそ♪
…となって、家族もろとも、大変なことになるところでした…

頭の痛みをごまかすために、
痛みの元であるガンを治療するのではなく、
痛みの感覚をマヒさせる薬(麻薬)を飲ませて、
心を狂わせるなんて…!!!
とんでもない話です。
冗談じゃないよっ!!と、今回は怒りの記事です。



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2006年4月 4日 (火)

病院大移動!!

とうとう病院大移動の日がやってきました。
前日の夜、興奮しまくった母のおかげで、付き添った妹は一睡もできなかったそうです。
どんどんいろんなものが見えるようになってきた母。
母曰く、前日の夜は、神様と妖怪の中間みたいなのがぞろぞろ集まってきて、
なにやらイベントをしていて忙しかったそう。
「いろいろ来て大変だったよ。妹も参加してたみたい」と母。
「なんかね~お母さんの態度が~病室に私とお母さんだけじゃないって感じでさ~。
すごく恐かったんだから~」
と、妹。ほんとにごくろうさま。
というわけで、移動当日は、すっかり眠くてリラックスしていた母でした。

親戚のおじさんが車の中に毛布やクッションを敷いてくれて、
とても快適なベッドができあがり、母もご満悦。
新しい病院、新しい環境、看護士さん…
久しぶりに目を輝かせて喜んでいる母を見ました。
2か月の入院でだいぶ飽きていたんですね。

4月はじめ、まるで転校生のように新しい病院へ来た母は、
これからはじまる新生活と新しい治療法に
ちょっとの不安と大きな期待を抱いているようでした。

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2006年4月 2日 (日)

まっくろくろすけが見える母

最近、母は“まっくろくろすけ”が見えるらしい。
病室のあちこちをたまにフワフワと集団で浮いてるといいます。
他にも、布団の柄の花が3Dのように浮き出てみたり、
病室の蛍光灯が千代紙で縁取られて見えたりするという…

想像してみると、なんとも賑やかな世界。

昨日は、私の顔をまじまじと見て、
「黄色のカボチャ」とつぶやく母。
「えっ?カボチャに見えるの?」と私。
黄色のタートルネックの服だし、丸顔だからかな~と思ったけど、
聞けば、私がマントを付けて、王冠をかぶって
金色に光った王様&カボチャに見えるそう。
もしかして、私の前世?それともオーラ?と大騒ぎ。
「妹はナンに見える?」と聞くと、
「えーと、………(無言)」の母。
「えぇ、私は何か悪いものに見えるのぉ?」と心配する妹。
「おいおい、お母さんは占い師じゃないんだからさ~」と私がつっこみ、
わいわいとしゃべりました。

人間が黄色に見える菜の花も、ミツバチにとってはグレーに見えて、
蜜があるところだけ紫に光って見えるんだそうです。
人間にはない能力を持つ、ミツバチの目。
私たちがふだん見えている世界が“すべて”ではないんだよ。と相方。
母ももしかすると、何か私たちには見えない能力が目覚めたのかも…
今はやりのオーラが見えちゃったりして!すご~い!
なんて喜んでいると、

「あっ。はしのえみが来た」という母。
どうやら、看護士さんが“はしのえみ”に見えるそうです。
はしのえみ…オーラとか前世とか関係ないじゃ~んと思ったのでした。

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