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2006年9月29日 (金)

母とミカン

この前、看護師さんから聞いた話。

お昼ごはんのとき、あまり食欲がなかった母。
看護師さんは、デザートについていたミカンを一房ずつ母に食べさせていたそうです。
ごはんはあまり食べなかった母ですが、ミカンはよく食べていたそうです。
一房ずつあげて、最後の一房。
看護師さんが
「最後の一房ですよ~」というと、
それまで目を閉じていた母が、
突然目をパカ~っと開けて看護師さんを見つめたとか。
ここしばらくは、昼も夜も常に目を閉じているので、
看護師さんはすごくびっくりしたそうです。

「作り話みたいだけど、ほんとなんです」と看護師さん。
わかります。母らしいです。としみじみ納得したのでした。

母が元気だった頃、
一緒にこたつでミカンを食べていたことを思い出しました。
私はものすごく大雑把な性格ですが、なぜかミカンの食べ方だけは丁寧で、
白い筋もきれいにとって、ティッシュの上に一房ずつ並べて、
一個全部むき終わってから食べるのです。
私が丁寧にミカンの筋をとっている側で、
母もミカンを食べていました。
私がまだ一個むき終わらないうちに、母の手元にはミカンの皮が三個ぶん並んでいます。
…すごいスピードだな~と思って顔を上げ、
母がミカンを食べているところをみてみると、
なんと母は、ミカンの皮をむいた後、
一個まるごとをぱかっと二つに分けて、
ばくりと一口、ばくりともう一口。
つまり一個のミカンを二口でたいらげていたのです。
母も私もB型・・血液型でははかり知れない、母の大胆なミカンの食べ方に驚きました。

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2006年9月24日 (日)

母、バースデーを迎える

先日、母は57回目のバースデーを迎えました。
私の父は3年前に56歳で亡くなっています。
なので母が57歳を迎えたことは、なんだかとてもうれしかったです。

というわけで、誕生パーティーをすることにしました。
プレゼントは、妹も私も食べ物!で意見が一致。
今の母の状態で一番楽しめることなので。

妹は、知り合いのツテの焼肉屋さんから、
上等な牛肉を入手しました。
病室の冷蔵庫に入らなかったので、
ナースステーションで預かってもらうことにしたそうです。

発泡スチロールの包みをもって、ナースステーションへ行くと、
看護師さんたちは一斉に
「わーケーキだぁ~」と大歓声。
「いえ、生肉です」と言いそびれた妹は苦笑。

私と相方は、近くのおいしいケーキ屋へ行き、
プリン系を買い揃えました。

看護師さんたちが、病室へ来て「ハッピーバースデー♪」を歌ってくれました。
母の受け持ち看護師さんは、
2か月前に撮った、母がきれいに写っている写真を引きのばして、
額に入れて飾ってくれました。
そして、ラベンダーの香りのする香り袋を母が握っておけるようにプレゼントしてくれました。

病棟のキッチンで、
じゅわーっと牛肉を焼き、母はそれをたいらげます。
そして、次はプリンフルコース。
マンゴープリンをたいらげ、ジャージープリンをたいらげ、
さすがに3個めのお月見プリンで、プリンに飽きたようです。

おなかいっぱい「牛肉」と「プリン」を食べ、
すやすや寝ている母をみて、ほっとしました。
かなり偏った晩餐でしたが、
年に一回ぐらいはいいだろう~

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2006年9月15日 (金)

緩和ケアって大事!

母は最初に倒れたときの検査結果で、
肺に1.5㎝大の原発腫瘍があり、リンパ節にも転移していました。
脳には大小あわせて30か所ぐらい転移性腫瘍がありました。
さらに骨は頭蓋骨、背骨2か所、尾てい骨に転移していました。
そして脊髄からがん細胞が発見されました。

そんな母の病状を診た主治医がよく使っていた言葉が“緩和”です。
“緩和”という言葉の意味を、最初私はわかりませんでした。
一番最初の病院から、「症状を緩和します」と、よく主治医が言っていたし、
放射線治療の誓約書には、「緩和がメイン」と書いてあります。

なんだ緩和するって??治すんじゃないの??

今、母が緩和ケア病棟に入って、しみじみ、一般病棟だけじゃなくて、
“緩和ケア病棟”も必要だな~と思いました。
新聞か何かで、ガンの痛み止めに関して知識のある医者や看護師が少ないということが取り上げられていましたが、
母も「オキシコンチン」という麻薬性の痛み止め薬の副作用に苦しみました。
最初の病院では、いつから服用していたのかわからないけれど、
母は脳の痛みをとるための「オキシコンチン」により、、
幻覚が見えたり、徘徊したり、行動がおかしくなったりしていました。
脳の腫瘍によるものだと、看護師さんから説明を受けていたけど、
サイバーナイフのために別の脳の専門病院に転院して説明すると、
痛み止めの薬の副作用だと言われたりして。

母の「痛い」という訴えがどの程度の痛みなのか、
肉体的なものか、不安からくるものなのか、
痛み止めの薬の使用量など知識もそうですが、
患者の不安をとりのぞくための、
ゆとりのあるケアの大切さを感じました。

今の緩和ケア病棟で母は、
「デュロテップ」という貼り薬タイプの痛み止めを使用しています。
これは、小さな絆創膏大の透明のシールで、尾てい骨の腫瘍による痛みをとるためのものです。
皮膚からじわじわと成分を吸収するので、あまり身体に負担がかからないようです。

実家のあるあたりで緩和ケア病棟がある病院は、
今、母がいる病院だけ。
少なすぎるな~って思います。

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2006年9月14日 (木)

相方はすごい

相方は私が母の看病のため実家に帰るというと一緒に来てくれます。
看護師さんたちはみんな
「ステキな旦那様ですね~」とほめてくれ、
相方には「大変ですね~お疲れではないですか?」と声をかけてくれます。
そんなとき相方は
「夏休みみたいなもんですから」と言って、
ごろんと横になってみせるのです。

私が母のごはんを食べさせていると、
相方はすっと立ってモモをむいてくれます。

買出し隊長だ!と言って、
いろいろ必要なものを買い出してきてくれます。
そして肉屋のコロッケとか新鮮なお刺身とか、
母のテンションがあがるような食材を買い出してきてくれます。

そんな相方は、部屋の模様替えや収納の才があり、
暮らしやすくする工夫の達人なので、
病室もあっという間に居心地のいい空間になっています。

この前は、看護師さんたちの度肝を抜く模様替えをしました。
母の病室には、ロッカーが二つあります。
ロッカーは部室や会社にあるような、縦長のもので、
ハンガーで服がかけられるようになっています。
しかし実際は、パジャマやタオルを個別に収納したいので、
縦長のスペースがかなりムダになっているし、
ごちゃごちゃとまざってしまい、上手にしまえませんでした。

それをずっと気にしていた相方は、
ある日突然そのロッカーを“横にする”ということを思いついたようです。
二つのロッカーを横に積み重ねることで、
ロッカーの上の部分のデッドスペースもなくなり、
上にパソコンや荷物を置けるようになりました。
ロッカーの中も、パジャマ・肌着・タオル・バスタオルと
それぞれ横に並べて収納できるようになり、とっても便利~。

すごいねっ!

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2006年9月13日 (水)

食べものは大切な安定剤

以前、母のケイレン発作が頻発してきたことがあり、
その時に看護師さんから“安定剤”の使用について説明がありました。
その安定剤を使用するとケイレン発作の予防になるそうです。
しかし眠らせてしまうことになるので、応答などを全くしなくなってしまう場合もあるそうです。
肝心のごはんを食べることも難しくなるので、点滴などで栄養を補充することになるとか。

私としては、母がごはんを食べられるうちは、
その安定剤を使用してほしくはないと思っています。
そんな感じのことを看護師さんに伝えました。

最近、母はよく食べます。
昼も夜もごはんの時間以外はほとんど寝ているし、
言葉を発することがないので、
食事の時間は大切なコミュニケーションの時間でもあります。

好物の時やおいしかった時は口をぱかっと開ける。
大嫌いな脳圧を下げるための液体薬イソバイドのリンゴジュース割の時は、
手を握って「フレーフレー」と応援すると、がんばって飲む。
そして、また果物とかお刺身とか大好きな食べ物をうれしそうにほおばる。

食事時間は、服薬や歯磨きも含めると1~2時間かかるし、
それを1日に3度やるので、なかなか大変です。
昔ケーキ屋でバイトしたときに立ち仕事が大変だったことを思い出すぐらい。

それでも、おいしそうに食べている姿をみると
ほっとするので、
食べものは、母にとっても私たちにとっても大切な安定剤になっています。
最近はケイレンも一日1回あるかないかぐらいになったので、
食べ物パワーを実感しています。

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2006年9月12日 (火)

母、生ウニをほおばる

母は入院した当初の2月頃から1か月ぐらい、日記を書いていました。
その日記は抗がん剤がはじまった日まで続いていました。

久しぶりにその日記を見てみると、
こんなことが書いてありました。

   退院したら食べたいもの
    1.生ウニ 2.ホヤ 3.馬刺し

うーん。。。珍味好き~。
確か以前この日記を見たときはまだ2月だったので、
ウニの旬である夏になったら食べさせてあげようって思ったのを思い出しました。
気づけば、夏も終わり。
スーパーに行く度にチェックしてみても、あんまりおいしそうなウニは見かけませんでした。

ところがある日、相方がいい魚を仕入れていると地元でも話題のスーパーへ足を運んでくれて、
すっごくおいしそうなウニを見つけてくれました。

今日はみんなでウニ丼だ~と喜んで、
母に食べさせることに。
しかしなぜか母はウニをほおばると、ぐ~っと寝てしまうのです。
このとろ~んとした食感のせい??

おきるのをまって、また一口。
ぐ~
また一口。
ぐ~

そんなのを繰り返しながら、それでもウニを満喫した母でした。

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2006年9月11日 (月)

母がしゃべる夢を見た

相方の母と一緒に母の病院へ行くことになったある日のこと。
その日の夜、私は縁起のいい夢を見ました。

言葉もなく寝ていた母が、
突然目を開けて、べらべらべら~っとしゃべりだしたのです。
元気だった頃の母よりも、もっといっぱいしゃべっていました。
私はうれしくて、「しゃべったよ~」と、相方の母を大声で呼ぶところで目が覚めました。

そんな夢を見た次の日、
病院に来てくれた相方の母は、いろいろ話しかけてくれましたが、
ちょっとケイレン発作がでたりして、
夢のようにはいきませんでした。
それでも母なりの反応があったのかな~と思いました。

その日の夜、今度は相方が同じような夢を見たそうです。
翌朝、相方が、母がしゃべったという夢の話をしてくれて、
私も妹も大いに喜びました。

そしてなんと妹までもが、
「私も昨日しゃべった夢見たよ~」と言うので、
おぉ~そりゃすごい~と喜びました。
もしかして正夢??なんて思ったら、
「フクが!」と妹。

犬か~い!!
という見事なオチがついたのでした。

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2006年9月10日 (日)

食べもののくふう

ここ2週間ほど忙しくて病院にはいってませんでしたが、
その後1週間、相方と病院に泊まることにしました。
私がいなかった間のことを妹や看護師さんから聞くと、
その間、妹も立派な“食べ物係”としてがんばっていたようです。

母の大好きな果物やイカの刺身などを買い揃え、
毎日いろんなメニューを食べさせていたようです。

母が今はまっている卵とうふや茶碗蒸しを
薬を飲むための潤滑油代わりに使うという裏ワザも
妹が発見しました。

朝ごはんはパンがでるのですが、
ぱさぱさ感がイヤなのか、なかなかすすまない母。
妹は母の好物のスイカやモモと組み合わせて、
「スイカ、スイカ、パン。スイカ、スイカ、パン。」
という感じで食べさせていたそうです。

しかしこの前、
パンをちぎって牛乳にひたすと、
母が喜んで食べるということを発見し、
妹と喜びました。

そんな感じで、日々食事をおいしく楽しく食べさせるための工夫をしています。

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